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※ご注意※

こちらのブログは主にYahooオークションに出品している手描きイラストやイベント参加などの同人活動についてのブログです。
ブログ自体もアダルトカテゴリーに登録していますし、アダルト向きなイラストも多々描いておりますが、基本的にアダルトイラストと普通のイラストを分けてはいませんし、裸であるからといって記事を畳む事もしておりません。
また、男子同士の絡み絵なども時に描いていたりします。
拍手についても同様です。
よっていきなりバーンとアダルトなイラストやBLイラストが出て来る事も多々ありますが、そういったものを不快に思われる方はどうぞブラウザバックして頂くことを推奨します。
勝手かと思われるかもしれませんが、どうぞご了承頂けますと幸いです。

葵柚袈

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放置しまくりですみません

前回の記事から3ヶ月も経ってしまいましたが、その間リアルではまあ色々と、ホントに色々とありまして(;A´▽`A
とりあえず落ち着いてきたのでまたぼちぼちブログもやっていこうかなと思ってます。

以下長いし暗くて重いかもしれないので読みたくない方のためにも追記にしますね。

ちなみについったは結構(というかほぼ毎日)出没してるので、急ぎの用がある方やコメントのお返事とかもそちらの方が多分早いので、よろしければ生存確認はついった(右側のウィジェットでも確認出来ます)でやって頂けるとありがたいですm(__)m

aoi_yuuka/葵柚袈
(クリックでついったページに飛びます)




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まあ、色々あったとはいっても全てひとつの事柄に関連したものなんですが、結果から言うと闘病してた母が年末年始に悪化急変して1月に永眠いたしました。
長かったようで短い闘病生活でした。
ガンが発覚してから1年と10ヵ月かな。
発覚時のステージだと五年生存率が50%くらいだったらしいのですが、いい方の半分にはなれなかったみたいです。

それまで好調すぎて太ったり再発したりと波はありつつもきっちり投薬も通院もしてたし12月中頃までは全然大丈夫だったんですが、末に近付くにつれ調子が悪くなってきて年明け早々にもうダメだと再入院しました。
どうも腹水が一気に貯まってしまってたみたいでそれを抜かなきゃいけなくなり、でも貯まりすぎてたので他の内蔵を圧迫して色々と弊害が出てたみたいです。
9月に卵巣に再発転移があった際にも腹水がかなり貯まってて(卵巣自体は両方全部摘出済)、その弊害で腎臓が片っ方機能してなくてカバーするのにずっとカテーテル入れっぱだったんですね。
どうもそれが詰まってたらしいのが入院三日目に分かって緊急手術になり…
そこで何度目かの腹を開けてからどうも母の様子がおかしくなりだしてきました。
主に幻聴やら幻覚やらせん妄症状が出て、若干の幼児退行なんかもあったり。
その頃には痛みも大分酷かったんだと思います。
夜な夜な電話をかけてきては去年に下調べにいったホスピスに転院したい、転院すれば痛みも痺れもなくなって家に帰れる、ここ(病院)では先生が毒を飲ませる、天井のシミが近づいてくるんだ、窓の際で背中を押してほしい、と繰り返してました。
(ホスピスは万が一の時のためにすぐに入れるように、先に仮予約した方がいいよと薦められての下調べです)

早く楽になりたい、しんどいのはもう嫌だ、頑張りたくない。
そんな泣き言を毎日のように聞かされ続け、慣れない家事に追われ、ついでにイベントにも追われ…(笑)
でも私よりも毎日朝晩の仕事前後や休みの日は一日中見舞いに行く父はもっと大変だったと思います。
恨み辛み泣き言をもっと沢山聞いてただろうし、何よりも正気じゃなくなっていく母と毎日顔を付き合わせていましたし。

そして10日ほど入院した頃、ホスピス転院の話が具体的になってきました。
私が聞いたのは、とりあえず今は治療するためにまず痛みと不安が限界なので、それをケアする為に一旦ホスピスに転院する。
そして少しずつ治療も進めつつ症状が落ち着いたらまた本格的に再開しましょう、ということ。
それがちょうどイベントの直前の事です。
ホスピス=終身施設=末期で打つ手なしor治療断念としか思っていなかった為、初めは母以外皆転院には難色を示していましたが、とりあえずの痛み緩和のためという方法もある、そして治療も続けられるということで判を押すことに。
治る見込みがあっての転院ならとひとまずホッとして、家族の了解もとりつつイベントにはガッツリ参加してきました。
その節はスペースに来て頂いた方、本当にありがとうございました!
名刺やらお土産やら頂いたのに何も出来ずに本当に不躾ですみませんです…m(__;)m

そしてイベントが無事終了して2日後、母待望の転院の日がやってきました。
転院した日は凄く落ち着いてて、それまで痺れで立つことさえ難しくなってたのに、ここに来て楽になったと自分で立ち上がれたりもしたのに。
あまりに調子も機嫌も良かったので父も安心して早めに帰宅したくらいです。
なのにホッとした翌朝一番に目覚ましよりも早くに鳴った電話で「急変した。ちょっとヤバイかもしれない」と絶望の底に落とされました。

頭の中真っ白でどうしていいかわからず、でもとにかく急いで家族全員で朝から病院に直行しました。
そこで見たのは無惨にも変わり果てた母の姿。
目の焦点も合わず、言葉を発することもできず、痛みに対する生理現象で上がるうーうーという唸り声だけで自ら体を動かすことさえままならない状態。
前日までは少し正気を失いつつありましたがちゃんと話もできたし、自らの意思を示すこともできたのに。

主治医の先生に呼ばれ別室で重い空気の中開口一番に聞かされたのは「もう意識が戻ることはないでしょう」でした。
そして今夜が山かもしれない、とも。
今からできることは、なるべく痛みをなくして穏やかに安らかに眠るまでをケアしてあげることなんだと。
それが本人の一番望んでいたことでもあったから。

だけど、なんかもう何も考えられなくなって、訳のわからないことばかりが頭に浮かんで来るんですよね。
最後に母と話した内容が父親の内臓脂肪がどうのとかダイエットがどうのっていう下らない話だったとかそんな感じで。
確かここに来たのって治療のための一時転院だったはずとか、昨日は自ら立ち上がって凄く楽になったって喜んでたよねとか、なんでこんなことになってんの?とか、とにかくぐるぐるしてました。
でも事実は事実でどうにもならない。
その日から家族全員での付きっきりでの末期の看病生活が始まりました。

にゃんこの世話やなんやらもあるのでその日は夜にご飯やりとトイレ掃除だけしに一時帰宅しトンボ帰りで病院に。
翌日も朝一番でにゃんこの世話と洗濯のために帰宅、終わったらそのままトンボ帰り。
3日ほどお風呂入る余裕もなかったくらいです。
病院までは自宅から片道30分ほど。
初日と2日目は用事して往復するその少しの間も気が気でならずに急変の電話が鳴らないことだけをただただ祈ってました。

今夜が山と言われていたのですが、2日目からは痛みが緩和されて眠れるようになったらしく唸り声も治まり、穏やかに寝息をたてて眠るようになりました。
薬が切れてきたら少し唸って寝返りをうちたがる、そんな状態が3日ほど続き、あまりに穏やかに時間が流れるので、それが末期の看病なんだということを忘れそうになるくらいに。

そして22日の日曜日、穏やかな状態がほんの少し変化してきました。
痛みが治まってきたあとはずっと目をとじていたんですが、その日はうーと唸って薄く目を開けたんです。
その瞬間は病室に私一人でした。
父と弟は交代で帰宅し休息中、兄はたまたま外の空気を吸いに行っているところ。
どうしたん?って声をかけたら軽くこっちを向いて少し口を開けたので、何か話しかけられた気がしました。
少しでも変化があればすぐに呼んでくれと言われていたのですが、目を開けた意味がわからずオロオロしていたら兄が戻ってきました。
目が開いたらいよいよかもしれない、そう主治医の先生に言われていたようで、すぐにナースコールを押すことに。
看護師さんがきて、主治医の先生がきて、そして今度こそ本当の「山」がやってきて。
すぐに父にも連絡を取り、せめて父が帰ってくるまでは頑張るねんでと何度も声をかけ。

父がたどり着いて数十分後、家族全員に見守られた中、静かに静かにゆっくりと呼吸が止まっていきました。
安らかに穏やかに、眉間にしわがよることさえなく、静かに。

その後は葬儀だなんだと慌ただしく迫ってきましたが、最期をホスピスで迎えられたという点には物凄く感謝というか、そんな感じでした。
ホントよかった。
部屋は個室できれいで広いし、医療機器類はカバーをかけたりして病院っぽさを緩和してくれてるし、休憩室ではボランティアさんがお茶入れてくれたりもするし看護師さん可愛いし←
臨終の言葉も家族が納得してからだったし、そのあともほぼ丸一日そのままの状態でゆっくり時間をとってくれたり、それまでも色々と要望も聞いてもらえましたし。
葬儀屋には兄も父も散々当り怒鳴り散らしたようですがね…(;A´▽`A
(電話の度に担当や言うことが変わったり散々だった)
そういえば葬儀屋までのお見送りに担当看護師さんが個人的にオカリナ吹いてくれたり(これにはマジでビビりましたが。笑)もしました。

でも後から後から出てきた事実にはやるせなさで一杯です、ホント。
急変してまず聞かされたのは、治療してた病院での点滴と(便秘だからとのことで)ガンガン飲まされてた水分による腹水増加と、その腹水に圧迫された上に栄養をとれとの無理矢理の食事(食べても吐きまくってた)が原因で腸閉塞になっていたそうです。
死亡診断書には一応直接理由は胃ガンてなってますし、終わったあとに何を言ったところで死んだ人が帰ってくるわけでもないんですけどね。
結局ホスピスに母がいたのは一週間足らずでそのうち意識があっただろう日は転院した初日だけですが、それでも本人が望んでたしんどくない痛くない日々がちゃんと過ごせたのかな、過ごせていたんだったらいいなと思います。


とまあそんな感じでバタバタした1月、そして2月は存在してたのか怪しいくらいに早々と過ぎ、3月も確定申告やらなんやらで半分が過ぎ、気が付けばすでにもう4月の声を聞こうとしてます(;A´▽`A
いやあ、時が過ぎるのはホントあっという間ですね。

そんなこんなで脱け殻になっていた期間などもあり(特に2月)なかなかブログを…という気分になれませんでした。
その間ちょいちょいオークション出品やぴくしぶ更新はしてましたが、少しずつやる気も出てきましたし、これからも休み休みにはなると思いますが頑張ってブログ更新もしていこうと思います。

ここまで読んでくれた方がいるかはわかりませんが、長々と読みにくい文章で言い訳がましい上に暗い内容で本当にすみません。
これからもよろしければまた見てやって頂けますと幸いですm(__)m

そして多分いないとは思うけど、私は全然元気なので心配しないでくださいね(*´∀`*)♪
母の死は早すぎたけど、慣れない家事と家族の面倒に、家計と父の仕事の管理等に日々ひーこら追われてるだけです(;A´▽`A
私のキャパではにゃんこの世話だけでせいいっぱいなのに!(笑)

ではではそんな感じではありますが、次からはまたブログも平常運転でいきますのでヨロシクです☆
こ、今年こそはまいぱそこん買うぞー!…多分、てか買えたらいいな…(笑)

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74:管理人のみ閲覧できます

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2012.03.26 23:31 # [EDIT]
75:エライ!

そのような事情があったのですね。ご愁傷様でした。
でも頑張っているアオイ様には脱帽です。男共食器洗いとゴミだしくらいはやっても罰当たらんぞ。

2012.04.01 00:07 鐚э七鐚?鹿鐚 #- URL[EDIT]
77:管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2012.05.01 22:37 # [EDIT]

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